日本でもコロナワクチンの接種が本格化してきましたが、同時に「ワクチン接種後に〇〇人以上が死亡」のようなニュースが報じられるようになりました。これを聞いてワクチン接種にためらいを感じる方も多くいると思います。そもそも「ワクチン接種後に死亡」とはどういうことなのでしょうか?ワクチン接種後に死亡したというニュースをどのように考えればよいのでしょうか?

この記事はあさくらが執筆しました。普段は主に研究をしながら医師として働いています。現在は新型コロナウイルス感染症の広がりによって、特に妊娠中の方や子育て中の方にとっては不安な日々が続いていると思いますので、少しでもお役に立てる情報を提供できればと思っています。

こちらの記事はがっつりとした情報なので、見出しを参考にしながら、興味あるところを選んでいただいたり、少し難しいと感じるところは読み飛ばして読んでください。もちろんお時間のある方は全部読んでいただけると嬉しいです♪
ワクチン接種後に○○人が死亡?
最近次のようなニュースを見た方は多いのではないでしょうか?


もちろんこのように急になくなってしまうのは大変不幸なことであり、まずはご冥福をお祈り申し上げます。
そして、ワクチンを接種した後に亡くなったというのは事実です。では、ワクチンを打った後にそれだけたくさんの人が亡くなっているからそのワクチンは危険なワクチンだということなのでしょうか?
「ワクチン接種後に死亡」のニュースの考え方
ワクチン接種後の「有害事象」
新型コロナウイルスのワクチンは厳密な安全性・有効性の評価がなされた上で承認されています。新型コロナウイルスワクチンについての基本的なところは以下の記事をご覧ください。

それに加えて、万全を期すためにワクチン接種を受けた方に生じた「あらゆる好ましくない病気や症状(=有害事象)」のうちワクチン接種と明らかに関係のないもの以外を「副反応疑い」として報告するシステムが構築されています。
「有害事象」の中には、ワクチン接種が原因で生じた「副反応」以外にも、接種と因果関係のないあらゆる偶発的な事象が含まれていることに注意が必要です。例えば、「接種翌日に料理中に、包丁で指を切った」などの明らかに因果関係のないものでも有害事象に含まれます。日本語で「ワクチン接種による有害事象」というと、「ワクチン接種が原因で起きたもの」というニュアンスになってしまいますが、実際にはワクチン接種と無関係のものも含む概念であり全く意味合いが違うことにご注意ください。
詳細は以下の図をご覧ください。

例えば「接種翌日に料理中に、包丁で指を切った」などのようなワクチン接種と全く無関係な「有害事象」までは副反応疑いの報告の対象になっていないのは理解できると思いますが、ワクチン接種とあまり関係のなさそうな「ワクチン接種日の夜に持病が悪化し、死亡した」のようなものまで報告する必要があるのはなぜなのでしょうか?
これに関しては次に説明しますが、「有害事象」の因果関係を証明するのは実はとても難しいことなのです。もしも「明らかに因果関係があるもののみを報告する」というシステムにしていると、どちらとも言えない微妙な事例の場合については人によって報告したりしなかったりと差が出てしまい、そこには恣意的な判断が入り込む原因となってしまいます。そして、何よりもあとから科学的な統計解析を行うことも不可能になってしまいます。それを防ぐために、ワクチン接種後の偶発的な事故のような明らかに因果関係がないもの以外はすべて報告するようになっているのです。恣意的な判断が入り込む余地をなくすことで、初めて科学的に信頼できるデータを得ることが可能となり、因果関係の評価も可能となるのです。
なお、「有害事象」の因果関係は上記の通り「確実に否定できるもの」以外はすべて報告してもらった上で、厚生労働省の審議会で専門家によって評価されます。この審議結果についても透明性を確保するために審議会のたびごとに速やかに公表されることとなっています。
「有害事象」の因果関係の証明の難しさ
では、専門家がしっかりと考えれば報告された「有害事象」のワクチン接種との因果関係は白黒つけられるものなのでしょうか?残念ながらその答えは「No」です。

例えば「ワクチン接種後に発熱した」というケースの場合はそこまで難しくないかも知れません。何も誘引なく発熱することは基本的にないので、ワクチン接種以外に発熱を引き起こす可能性のあるものが何もなければおそらくワクチン接種が原因でしょう。しかし、実際は「ワクチン接種の後で風邪を引いた」という可能性を除外する必要があり、厳密にそれを除外することは困難なのです。
「ワクチン接種翌日に急病になった」というケースはどうでしょうか?急病というのは文字通り健康な人が突然なる病気なのだから、ワクチン接種した健康な人がたまたま翌日急病になる可能性は十分に考えられます。しかし、ワクチンという新薬を使っている限りはそれが原因で何らかの急性な副反応(=急病)が生じる可能性もゼロではありません。その急病になった人を検査すればワクチンが原因かどうかは分かるでしょうか?恐らく難しいでしょう。いったん出てきた症状の原因となる可能性を挙げることはできますが、それを1つに断定することは少なくとも現在の医学では不可能です。
「ワクチンを打った翌日に急病になるなんて稀なことが起こるはずがないから、ワクチンが原因に違いない」と思う方もいるかも知れません。その通りで、ワクチンを打った翌日にたまたまその急病になる可能性なんて0.001%にも満たないかもしれません。しかし、例え0.001%という稀な確率であっても10,000,000回ワクチン接種を行えば100人は発生することになります。つまりワクチン接種が進んでいけば、どんなに稀なことであっても確率がゼロでないことは必ずどこかのタイミングで起きてしまうのです。このことから、「ワクチン接種の翌日に急病になった」という人が一人いたとしてもワクチンが原因かどうかは分からないということが分かります。
同様にして「ワクチンを打った翌日に急死した」というケースもそれだけでは因果関係は何とも言えません。「持病を持っている人がワクチン接種後にたまたま持病が悪化して死亡した」のなら分かるけれど、「健康な人がワクチン接種後に死亡した」のならワクチンが原因に違いないと思うかもしれません。しかし、自分では健康と思っていても、実は診断されていない病気を抱えていることはよくあることです。例えば糖尿病という病気は病院で診断されて初めて糖尿病として悪さをするわけではなく、病院で診断される前から徐々に体を蝕んでいくのです。このように診断されずに自分でも知らない持病を抱えていることは決して珍しいことではありません。そう考えると「健康な人がワクチン接種後に死亡した」というような場合でも慎重に考える必要があることが分かります。そのような場合は、例え亡くなった方を剖検して調べても結論を出すのは難しいかもしれません。
以上のように「有害事象」の因果関係を証明するのは非常に難しく、それが現在の医学の限界だということです。
専門家の審議会による因果関係の評価
厚生労働省の審議会では有害事象の因果関係について以下の3通りで評価します。
- α:「ワクチンと症状名との因果関係が否定できないもの」
- 原疾患との関係、薬理学的な観点や時間的な経過などの要素を勘案し、医学・薬学的観点から総合的に判断し、ワクチン接種が、事象発現の原因となったことが否定できない症例
- β:「ワクチンと症状名との因果関係が認められないもの」
- 原疾患との関係、薬理学的な観点や時間的な経過などの要素を勘案し、医学・薬学的観点から総合的に判断し、ワクチン接種が、事象発現の原因となったとは認められない症例
- γ:「情報不足等によりワクチンと症状名との因果関係が評価できないもの」
この評価基準が慎重な表現になっていることにも先ほどのような理由があります。そしてよっぽどの確証がある場合以外はγの「因果関係が評価できない」に分類されます。よくマスコミなどで死亡例について「因果関係が評価できない」という表現をされますが、それは決して何かを隠しているわけではなく、ここに書いたようにそもそも因果関係の評価とは非常に難しいというのが理由です。
「有害事象」の因果関係を推定するための方法
恐らくどんなに優秀な専門家が結集して首をひねっても、「有害事象」とワクチンの因果関係を断定するのは難しいでしょう。それでは、「有害事象」とワクチンとの関係は何をやっても分からないのでしょうか?どうせ「評価できない」という結論になるのが分かっているのなら、何のために「有害事象」集めてわざわざ専門家を集めて検討しているのかと疑問に思うかもしれません。
因果関係を直接証明することは難しいのですが、相関関係なら統計的に証明することができます。信頼できるデータが集まれば、それを解析してワクチン接種の有無でその事象の出現確率に変化があるかを比べるができます。これでその事象の出現確率に変化があるという結果が出れば相関関係があると言えます。「因果関係があれば相関関係がある」と言えるので、逆に「相関関係がなければ因果関係もない」ということになります。ただし、相関関係があるからと言って必ずしも因果関係があるとは限らないので注意が必要ですが、因果関係を推定するための最も強力な手段の1つとなります。
ただし、この統計解析には一般に非常に多くのデータが必要になります。もちろんワクチン接種によってリスクが格段に上がるようなことであればデータが少なくても有意差が出ると思われますが、そうでなければより多くのデータが必要なのです。逆に言うと、今の段階でワクチン接種によって明らかに相関関係があるような重大な事例は出ていないので、ワクチン接種によってリスクが格段に上がるような何かはなさそうだということもできます。
厚生労働省の審議会報告書を読み解いてみる
2021/7/7に開催された厚生労働省の審議会の資料のうち死亡事例に関連する項目は以下です。
- 新型コロナワクチン接種後の死亡として報告された事例の概要(コミナティ筋注、ファイザー株式会社)
- 新型コロナワクチン接種後の死亡として報告された事例の概要(モデルナ筋注、武田薬品工業株式会社)
- 副反応疑い報告の状況について
実際の「有害事象」報告の例
26歳女性 ワクチン接種後にクモ膜下出血

この「有害事象」報告のうち死亡事例などの重大なものは透明性を確保する観点から個人を特定できるデータを除いたうえですべて公開されています。
ではその報告を少し覗いてみましょう。ワクチン接種後の死亡事例としては医療従事者のワクチン接種が始まってすぐの26歳女性看護師の死亡事例がセンセーショナルに報道されていたので知っている人もいるかも知れません。
この事例に関する評価は以下のようになっています。

因果関係評価としては「γ」であり、「情報不足等によりワクチンと症状名との因果関係が評価できないもの」となりますが、コメントで書いてある通り死亡時のCTで小脳に石灰化を伴う血腫が認められていることから、慢性な経過の病変の存在が示唆されます。体の中で起こる石灰化は年単位でのゆっくりとした経過でカルシウム等が沈着することであり、病変内に石灰化があるということは一般に慢性の経過を表します。具体的には報告書に書いてある通り脳動静脈奇形や海綿状血管腫などが考えられ、それが死因になったとするのが最も可能性の高いと思われます。脳動静脈奇形や海綿状血管腫は生まれつきのことが多く、当然若い人で発症してもおかしくありません。また、症状が出る場合はこのように脳出血という形で発症することが多いです。
しかし、このような脳動静脈奇形や海綿静脈血管腫は症状がなければ本人が気づくこともなく、たまたまワクチン接種後のタイミングで発症すれば、「若い健康な人がワクチン接種後に死亡した」ということで、あたかもワクチン接種が原因で死亡したかのように見えてしまいます。
ちなみに、この事例については脳動静脈奇形や海綿状血管腫などの器質的疾患が背景に存在したことはCT画像からほぼ明らかであり、それが原因と考えるのが自然ではありますが、ここまで状況証拠がそろっていても敢えて「評価不能」としている点は、「ワクチン接種を進めたい」という意思よりも科学的な厳密さを重視していることがよくわかります。
気になる方は一度報告書に目を通してみることをお勧めします。
ワクチン接種すると脳出血が増えるの?
コロナのワクチン接種後に脳出血で亡くなるケースが比較的よく見られるので、ワクチン接種によって脳出血が増えるのではないかという人もいます。では実際のところはどうなのでしょうか?これに関して厚生労働省の報告書をもとに調べてみました。なお、厚生労働省の報告書ではクモ膜下出血と脳出血が併せて出血性脳卒中として記載されています。
ファイザーのワクチン接種後に出血性脳卒中で死亡した人数と2019年の出血性脳卒中で死亡した人数の統計は以下の通りです。
65歳以上 | 65歳未満 | 合計 | |
ワクチン接種者 | 28 人 | 8 人 | 36 人 |
2019年統計 | 26809 人 | 7090 人 | 33899 人 |

一方、この期間にワクチン接種した人数は
- 65歳以上:5,305,710 人
- 65歳未満:4,454,060 人
- 合計:9,759,770 人
となります。
また、2019年の人口データは以下の通りです。
- 65歳以上:35,486,813 人
- 65歳未満:91651156 人
- 合計:127,137,969 人
ここでワクチン接種から何日間の死亡までが報告されるのかは明確な決まりはなく医療機関にゆだねられているので、ワクチン接種者の観察日数については正確なデータを出せませんが、ここでは便宜的に7日間としておきます。実際に報告書を見てみると、1週間以内の死亡事例が多いようには思いましたが、1カ月程経ってからの死亡事例も報告されているようです。
その集団内のある人が、1日当たりにその疾患で死亡する確率をここでは以下のように算出します。
$$ (1日当たりの死亡確率) = (死亡者数) \div (母数) \div (観察日数) $$
以上からワクチン接種者と2019年統計の1日当たりの死亡確率を見てみましょう。
65歳以上 | 65歳未満 | 合計 | |
ワクチン接種者 | 0.0000007539 | 0.0000002566 | 0.0000005269 |
2019年統計 | 0.0000020698 | 0.0000002119 | 0.0000007305 |
65歳未満ではワクチン接種者の方が2019年の統計よりも若干多くなっていますが、これは正確な観察日数が不明であることによると思われます。特に若い人のワクチン接種後の死亡事例は、ワクチン接種から時間が経っててもワクチン接種と関連付けて考えられて報告されやすいと考えられるので、セレクションバイアスも考慮する必要があります。
この計算結果より、ワクチン接種者と2019年の統計データとで大きな差はなく、ワクチン接種によって出血性脳卒中になりやすいということはないことが分かります。ワクチン接種後に出血性脳卒中で死亡するケースが目立つのは、単純に出血性脳卒中が日本人の上位を占めていることによるのでしょう。
インフルエンザワクチンで死ぬ人はほとんどいないのに、なぜコロナワクチンでは大勢の人が死んでいるの?
「インフルエンザワクチンをはじめとする従来の予防接種では死亡例などほとんどなかったのに、どうしてコロナワクチンでは死亡例がこれほどまで多いのか?」と疑問に持たれる方も多いのではないでしょうか?
その答えは単純に「コロナワクチンでは、新規のワクチンということもあって関心が高いので、ワクチンとは関係なさそうな有害事象も含めてすべて報告されている」ということです。もちろん有害事象の報告の姿としては、「関係なさそうなものも含めてすべて報告して後から解析する」というのがあるべき姿であり、コロナワクチンではそうなっているということです。
インフルエンザワクチンでは、例えばかかりつけ医でインフルエンザの予防接種を受けて、翌日に脳出血で亡くなったとしても、それがインフルエンザの予防接種によるものだと疑う人はどの程度いるでしょうか?その可能性を考えないということは、その家族がインフルエンザの予防接種を受けたことを申告すらしないかもしれないですし、もしそれを申告したとしても予防接種を受けた後に他の急性疾患で亡くなること自体は確率論的にありうることなので、それをわざわざ報告しようと思う医者は少ないでしょう。
一方、これがコロナのワクチンだったらどうでしょうか?恐らく家族は間違いなくコロナのワクチンの予防接種を受けたことを申告するでしょうし、それを聞いた医者はおそらく報告するでしょう。
このように、インフルエンザワクチン接種後の死亡率とコロナのワクチン接種後の死亡率を直接比較することに何の意味もないのです。
まとめ
- コロナのワクチンの接種後に亡くなるというニュースを目にします
- ワクチン接種後にたまたま関係のない他の病気で亡くなることは確率的に低いですが、数千万人という人がいれば必ずそのようなケースが出てきます。(0.001%の頻度でしか起きない非常に稀なことでも1000万人いれば100人に生じる計算になります)
- コロナのワクチン接種後に亡くなったケースについては、その因果関係については慎重に考える必要があります。
- 現在のところ、コロナのワクチン接種後に死亡者が増えるというデータは得られていません。
コロナワクチンの接種状況については以下をご覧ください。
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